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探求:伊藤順三氏(その1)
2009-03-11 Wed 22:55
伊藤順三氏のお孫さんと先日お会いしたのは既報の通り。
その後、公私ともバタバタでおまけに花粉症と黄砂アレルギーですっかり弱り、遅くなってしまいましたが、がんばってまとめてみます(笑)。

会合前、すでに中村氏が調査していた分(※管理人が若干追記)は以下の通り:

■伊藤順三氏は東京藝術大学前身の「東京美術専門学校」を卒業した模様。その卒業制作データによると、生没年は1890(明治23)~1939(昭和14)となっている。1913年(大正2)4月20日付けで卒業制作が登録(受理?)されている。タイトルは「庭園の春」。

東京藝術大学大学美術館 収蔵品データベース: 作品情報;学生制作品-298:庭園の春
http://db.am.geidai.ac.jp/object.cgi?id=2324

■「巽画会」(1904・明治37年~)村田丹陵門下 横浜支部に出入りしていたらしい。
http://www10.ocn.ne.jp/~hoshinog/zuroku/z_67_1/index.html
http://books.google.co.jp/books?id=sXOOQEZdvrYC&pg=PT52&lpg=PT52&dq=%E4%BC%8A%E8%97%A4%E9%A0%86%E4%B8%89&source=bl&ots=3CdZnRINoI&sig=T4IMIL5Oa0l7AgD_UMRiCFMmbHw&hl=ja&ei=utirSYjRH4Sq6gPen4i0Bg&sa=X&oi=book_result&resnum=6&ct=result#PPT52,M1

■1920年(大正9)に普門暁主催の「未来派美術協会」に参加(第1回展に出品)
http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/jart/nenpu/6mrhb001.html

■満鉄会の天野博之氏によると、「・・・伊藤順三は満鉄嘱託の画家で、大正半ばから昭和10年代まで在社した。主として満州風俗を題材にポスターを製作した」(「満鉄会報」第220号、2006年1月1日)。

■神戸新聞1934年(昭和9)3月2日付け「商品を通じて観た満州国人の趣味嗜好」にも伊藤順三氏に関する記述あり(※管理人コメント:中村さんはホント、どうやってこんな記事まで嗅ぎ付けたんだろう・・・世が世なら有名な刑事や学者、もしくはスパイ(笑)になっていたかもしれない・・・)。

それによると、「満州市場紹介展覧会」の際に満州風俗の「斯界の権威であり造詣の深い満鉄嘱託伊藤順三氏」に「満州国人の好む色彩、文字」についてご教示いただいたとのこと。

■写真家の一色達夫らの証言によると、伊藤は「自ら『大陸派』を任じ、日本国内の観光ポスターとは異なるスケールの大きい、平明でわかりやすい”悠久の大陸”を象徴する、ロマンチックな写真主義を目標に掲げていた」という(中井幸一『日本広告表現技術史』玄光社、1992年)。


・・・このあたりの情報を手がかりに、いざお孫さんとお会いしたわけです。
で、その結果どうだったか・・・。ということで「その2」に続きます。
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