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認清戦争方酣 努力勤労運輸 (作者不詳、昭和17~20年頃)
2008-12-27 Sat 22:06
認清戦争方酣 努力勤労運輸
認清戦争方酣 努力勤労運輸


認清戦争方酣 努力勤労運輸 (南満州鉄道[株]、作者不詳、昭和17~20年頃、104×75㎝、協和印刷工業[株])

このポスターは第2次世界大戦中に戦意高揚のために作られたもので、当時の対戦国である米国、英国を撃破せよとばかりに、ルーズベルト大統領、チャーチル首相を砲撃している様子を描いたもの。

このポスターは入手したときはシワだらけで、裏面には宛名が別々に2カ所墨で書かれてあり、使用済みの切手も貼ってあった。戦中か終戦直後の物資不足の折、郵便小包の包装紙として2回も使われたのだろう。貴重な資料として、捨てずに長年保管された方に感謝している。

(※「認清戦争方酣」の意味は不詳。「酣」カンは「たけなわ」。聖戦の真っ最中という意味か?)
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鉄道観光ポスター | コメント:0
JAPAN(里見宗次、昭和12年)
2008-12-27 Sat 21:45
(※著作権存続のため画像はなしです。。。)

JAPAN(鉄道省・里見宗次、昭和12年、99.5×63.8㎝)
流れ去る一筋のレールと次々と現れては遠ざかっていく電柱など、スピード感にあふれた表現。一方、遠景の海は静かに描かれている。なだらかな山と段々畑、茅葺き屋根の民家と桜、日本の何処にでも見られるような風景である。民家に掲げられた国旗が印象的。列車の最後尾展望車のデッキからの視点で描かれたものと思われる。

作者の里見宗次氏(1904~1996年)は大阪市出身、長年フランスに在住し多くの傑出したポスターを制作、日仏間の文化交流にも多大な貢献を果した、日本を代表するポスター作家の1人である。このポスターは、外国からの観光客誘致に力を入れていた鉄道省の依頼により制作されたもの。

なお、この作品は1937年(昭和12年)パリで開催された万国博覧会の広告館に他の日本のポスターと共に出展され、名誉賞と金杯を受賞した。
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東亜大陸旅行事情展(作者不詳、昭和9~12年頃)
2008-12-27 Sat 21:40
東亜大陸旅行事情展
東亜大陸旅行事情展


東亜大陸旅行事情展(鉄道省門司鉄道局・日本旅行協会他、作者不詳、昭和9~12年頃、77×53㎝)

昭和9年に運行を開始した満鉄のアジア号と思われる機関車。背景にはハルピンの代表的な建築物であるギリシア正教の「聖ソフィア教堂」と、朝鮮、中国の寺院らしき建物などが描かれ、異国情緒を醸し出している。

制作時期は、明治45年に設置された「ジャパンツーリストビューロー」が「日本旅行協会」と改称された昭和9年以降。当時は、満州等への旅行誘致のための催しが度々開催されたようである。
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鉄道航空連絡開始 十月十四日より (作者不詳、昭和10年)
2008-12-24 Wed 13:38
鉄道航空連絡開始
鉄道航空連絡開始


鉄道航空連絡開始 十月十四日より (鉄道省・日本航空輸送会社・満州航空会社、作者不詳、昭和10年、77.8×53.4㎝、東京光村原色版印刷所)

国鉄100年史の年表によると、この三者の連絡開始は昭和10年10月4日で、告知のためにこのポスターが作られたことが分かった。

飛行機と流線型の機関車が画面上でクロスする形でスピード感を表現している。この双発機は日本航空輸送(株)所有の8人乗り旅客機(エアスピード・エンブオイ・リンクス4C型、巡航速力240km/h=同社発行の絵はがきによる)。

また、抽象化された流線型の機関車は、昭和9年改造のC53型、または翌10年以降改造されたC55型のようなイメージである。当時はスピード感あふれる流線型のデザインが世界的に流行し、鉄道省も一部の機関車を流線型に改造したが、効果は少なく保守に手間取るとして、やがて原形に復旧された。
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海へ 夏をたたえよ(杉本健吉、昭和2~10年頃)
2008-12-24 Wed 13:34
※著作権存続のため写真はありません。orz

海へ 夏をたたえよ (鉄道省名古屋鉄道局、杉本健吉、昭和2~10年頃、108.5×37.7㎝、名古屋一誠社)

画面右下にSugimotoのサイン。当時名古屋で鉄道ポスターを多数制作していた杉本健吉の作と思われる。描かれている女性の水着ファッションは当時流行したもの?

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春の唐津へ(作者不詳、昭和5~9年頃)
2008-12-23 Tue 13:27
春の唐津へ
春の唐津へ


春の唐津へ(北九州鉄道[株]、作者不詳、昭和5~9年頃、53×78㎝)

右上に、手を振る古風な衣装の女性。これは画面左の鏡山に伝わる「松浦佐用(サヨ)姫の悲恋物語」を題材にしたもの。虹の松原を始め沿線には景勝地が多い。

博多~東唐津~山本間が開業したのは昭和4年6月。更に破線で描かれている伊万里まで開業したのは同10年3月なので、このポスターが作られたのは翌5年春から伊万里まで開業する前年の9年春までの間である。
同12年、国に買収され国鉄(現・JR九州)筑肥線となり、近年は福岡市営地下鉄との相互乗り入れも行われ、通勤客が増加し活況を呈している。

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列車広告(作者不詳、昭和5年頃)
2008-12-22 Mon 12:58
列車広告
列車広告


列車広告(鉄道省仙台鉄道局、作者不詳、昭和5年頃、78×53.5㎝、東北活版社)

画面下部に「今般列車広告の取扱を開始致します。広告は額縁入りとし、内容は車内の風致美観を損ぜざる名勝地等の風景写真に限る。料金は左記の通りであります。」等の説明が記載されている。

車内後方の壁には十和田湖と松島の写真。鉄道省が増収施策の一環として、列車の車内広告の取り扱いを始めたのは昭和5年であるので、その頃のポスターと推測される。

~~~~
(管理人コメント)日本最古の列車広告の広告、ってことになるんですかね? 広告を見ている人でも描けばいいのに、なんかちょっと寂しい雰囲気が(笑)。
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Beautiful Japan(吉田初三郎、昭和5年)
2008-12-21 Sun 12:44
Beautiful Japan
Beautiful Japan


Beautiful Japan(鉄道省・ジャパンツーリストビューロー、吉田初三郎、昭和5年、92.3×59.3㎝)

昭和5年2月2日付けの新聞(※紙名は不明)に、「日本においでなさいと呼びかける鉄道のポスター」との見出しの記事があり、このポスターの写真も掲載されている。

それによると、「鉄道省が外客誘致のために外国に呼びかけるポスターで、吉田初三郎画伯の作。ポスターは四六版全紙で極彩色、美人が山籠にのって休んでいるところ、その籠の中から富士の秀峰がのぞいているというもので純日本式の感じを出した浮世絵風のもの。約1万枚を刷って大部分をアメリカへ、残りをイギリス、フランス、ドイツ、インドその他関係諸国に送るはずになっている。」とある。

新聞のポスター写真では「JAPAN Beautiful Charming Land」と記載されてあるが、その後修正されたのであろう。アメリカ人の対日イメージが「サクラ、フジヤマ、ゲイシャ」と定着したのは、このポスターの影響によるとの説がある。
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国産愛用汽車移動展 (作者不詳、昭和5年頃)
2008-12-20 Sat 12:29
国産愛用汽車移動展
国産愛用汽車移動展


国産愛用汽車移動展 (兵庫県・作者不詳 昭和5年頃 78×52.7㎝)

このポスターは、1927年カサンドル作のポスター「ノール・エクスプレス」に描かれた機関車にヒントを得て制作されたものと思われる。当時は、こうした「カサンドル流」による表現が世界的に流行し、旅行パンフレットや書籍の装幀などにノール・エクスプレスと全く同じデザインが無断使用(?)されている例がいくつか見受けられる。
昭和4年に時の浜口内閣は、緊縮財政、産業合理化政策等を実施、翌5年には国産品愛用運動についての通達を出しているので、このポスターもその頃に作られたものと思われる。
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奉仕は口で言ふべきことにあらず(作者不明、昭和4年末)
2008-12-17 Wed 23:38
奉仕は・・・・実行すべきことなり
奉仕は口で言ふべきことにあらず


奉仕は口で言ふべきことにあらず実行すべきことなり(身延合同運送(株)・昭和4年末 62.5×47㎝ 大宮活版所石版部)

電気機関車を描いたポスターは珍しい。機関車のデッキや側面の通風孔の配置から、鉄道省のEF50型に似ているように思えるが、不詳。
画面左下部には昭和5年の略暦が記載されており、通年使用されることを期待して配布されたものであろう。

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鉄道案内所ツーリストビューロー案内所(作者不詳、大正末~昭和初期)
2008-12-07 Sun 13:01
鉄道案内所ツーリストビューロー案内所
鉄道案内所ツーリストビューロー案内所


鉄道案内所ツーリストビューロー案内所(鉄道省門司鉄道局、ジャパンツーリストビューロー、作者不詳、大正末~昭和初期、78.4×54.5㎝)

色彩は主に赤と黒を使い、直線的な強いコントラストで構成されている。蒸気機関車の正面が描かれているこの作品は、大正末から昭和初期に台頭したモダニズム運動の影響を受けた斬新なデザインである。
ジャパンツーリストビューロー(のちのJTB)が鉄道乗車券等の代理発売を開始したのは大正14年10月。鹿児島市内のデパートに案内所を開設し、このポスターを制作したのもその頃かと思われる。

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すかさず管理人コメント:音引きが横棒じゃなくて縦書きってのがすごいというか、独自というか・・・パッと見たら読めないんじゃないの? 広告効果よりデザインを優先した作者に一拍手(笑)。
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奈良電鉄開通(作者不詳、昭和3年10月頃)
2008-12-03 Wed 12:38

奈良電鉄開通
奈良電鉄開通


奈良電鉄開通(奈良電気鉄道[株]・作者不詳、昭和3年10月頃、77×53㎝、精版印刷京都出張所)

画面上部には鳳凰が舞い開業の祝賀を表す。
路線図には京都御所、東大寺の大仏、橿原神宮等が、また、背景にはうっすらと奈良電鉄の社章が描かれている。
京都~西大寺間が開業したのは昭和3年11月、その後、同38年10月に近鉄と合併し、近鉄京都線となって今日に至る。(画面右辺に鉄さびのようなシミがあるのは難だが、開業ポスターを入手するのは非常に困難であり、致し方ないところ。)

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出羽三山への近道(金子常光作、昭和2年頃)
2008-12-01 Mon 12:19
出羽三山への近道
出羽三山への近道


出羽三山への近道(三山電気鉄道[株]・金子常光作、昭和2年頃、76.5×52.7㎝)

常光は鳥瞰図による鉄道沿線案内図で有名であるが、このようなポスターも制作している。
左沢(あてらざわ)線羽前高松駅から最上川の支流寒河江川沿いに路線図が描かれ、海味(かいしゅう)までは実線。この間8.8㎞の開業は昭和元年12月である。海味~間沢(まざわ)2.6㎞の開業は昭和3年9月だが破線で示されており、このポスターが制作された時は未開業である。
この鉄道は、主に山岳信仰の月山、湯殿山、羽黒山への足として利用された。その後、昭和18年山形交通に合併、同49年には全線が廃止され、バス路線となった。
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